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東京高等裁判所 昭和32年(う)2733号 判決

控訴人 弁護人 厚地法人

被告人 古畑昭三

検察官 田辺緑朗

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は弁護人厚地法人作成提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

論旨第一点について

原判決認定に係る原判示第一及び第二の各事実をその挙示する対応証拠と照合して考察するに、被告人が昭和二十八年十二月一日頃原判示丸銀百貨店三輪支店において同支店長丹下普史に対し、代金は十ケ月月賦の約にてオーバー一着の買受方を申し入れ、その翌日頃原判示日本観光美術出版協会事務所において第一回分の月賦金約二千円と引替えに同店店員の配達した原判示オーバー一着の交付を受けたこと及び同年十二月十日頃前記丸銀百貨店三輪支店において同支店長丹下普史に対し前記出版協会長稲見十四雄を紹介し、右稲見が同月中旬頃同協会事務所において同支店から月賦購入名下に原判示毛布百枚の交付を受けたことは、いずれもこれを肯認し得るところであるが、前示オーバー一着の入手が原判示第一摘記のような被告人の欺罔の意思に基く騙取行為であるとの点及び被告人が原判示第二の如く丸銀百貨店三輪支店長丹下普史に対して稲見十四雄を紹介するにあたり、右稲見において代金を完済する意思もなく、また秋田県旅館組合に納入するのでないに拘らず、そうであるように装い、月賦購入名下に同支店から毛布を騙取する意図であることを被告人が知悉していたとの点は、いずれもこれを窺うに由ないこと洵に所論のとおりである。して見れば、原判決がその挙示する証拠のみを以つて被告人を原判示第一の詐欺及び同第二の詐欺幇助に問擬したのは、証拠に基かないで事実を認定した違法を冒したものというべく、この違法は判決の理由に欠けるところがある点において結局、刑事訴訟法第三百七十八条第四号前段に該当することに帰するから、他の論旨に対する判断を俟つまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 司波実)

弁護人厚地法人の控訴趣意

第一点原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

一、原判示第一の事実につき、原判決は、被告人は「十ケ月払月賦代金の第一回分は支払うが其の余は完済する見込がないのに拘らずこれあるように装い」と判示して、被告人の詐欺の意思を認定した。然しながら被告人は終始詐欺の意思を否認し、真実本件オーバーを十ケ月月賦で買受け、代金を支払う意思であつたことを供述していることは、原判決挙示の被告人の公判廷における供述及び司法警察員に対する供述調書により明白である。而して右は同人が本件オーバーを買受けるに至つた動機、事情等からみてこれを信用しても不自然でないと思料する。現に同人は第一回の月賦金四千七百円(売手の希望により第一回分は特に多く支払つた)、第二回に三千円を支払つている(但し原判決はこれを認めない)。また本件第一審継続中更に五千円を支払つているのである(前掲供述調書、丹下普史仮領収証参照)。ただ、その後被告人は勤務先から給料を貰えず、また間もなく失業したので、本件月賦金債務の履行が出来ないままになつてしまつたのである。もとより被告人に民事責任があることは当然であるが、これに詐欺罪としての刑事責任を負わしめることはできないものと思料する。然るに上述の如く原判決は被告人の詐欺の意思を認定しているのであるが、原判決挙示のどの証拠をみても、これを肯認することはできない。

二、原判示第二の事実につき、原判決は、被告人は「稲見十四雄が事業資金に窮したところから代金を完済する意思並びに秋田県旅舘組合に納入するのではないのに拘らず、これあるように装い月賦購入名下に毛布を騙取する意図であることを知りながら、(中略)丹下普史に稲見十四雄を紹介し」、よつて同人の騙取行為を幇助したと判示している。然しながら原判決挙示の証拠中、証人丹下普史の証言は勿論、同稲見十四雄の証言にも、また被告人の供述にも、同人が、右稲見が毛布を騙取する意図のあることを知つていたことを肯認するに足る証拠はない。却つて右稲見は「私は秋田県知事の紹介状を持つていますので、私の仕事については古畑は信用していたものと思います」と証言し、右古畑(被告人)も同趣旨を供述している。また右稲見は、弁護人の問「古畑が月賦屋に行つて資金を作るということは、騙して品物をとることを言つたものか」に対し、答「私は人を騙してまでして品物をとる気はありませんので、古畑も同様に思います」と供述している。また同人は「私は資金がなくて出版の仕事を始めたものであつて資金に困つていたことは、古畑も十分承知していました。古畑に月賦で買つてそれを売つて資金にすることを言われて会つたようなわけであります」と述べているが、仮りに被告人がさように言つたとしても、それは同人に対する検察官の問「被告人は稲見が資金に困つていたことを知つていたか」に対し、答「知つています。丸銀百貨店よりは月賦で買い、旅舘組合からは現金で十日位経てば送られてくるので、それを資金に融通すると言つていました」との供述と合せ考えると、被告人は右供述の趣旨で稲見に話したものと考へるのが自然である。即ち丹下、稲見両証人及び被告人が供述している通り同人は単に、稲見を右丹下に紹介したにすぎないのであつて、稲見の騙取行為を幇助した事実は全然ないのである。

第二点原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤がある。

一、被告人は無罪であるに拘らず、第一点の事実誤認の結果、原判決は法令の適用を誤まり同人を有罪とした。

二、原判示第二の事実につき、稲見の意図を、仮りに被告人が知つていたとしても、同人を幇助罪に問擬することは誤である。同人が稲見を紹介するに当つて、同人の人柄、財産、事業、信用等に関し虚偽若しくは誇大な言辞を用いて、被紹介者の丹下の認識を誤まらしめ、又は右丹下が、特に被告人の紹介なるが故に稲見を信用するに至つたのならば格別であるが、右のような事実は、原判決挙示の全証拠中の何処にも現れておらない。本件の犯罪が行われるに至つたのは、被告人を抜きにして、丹下、稲見間の接衝の結果である。被告人は稲見の意図を丹下に告知すべき法律上の義務はないのであるから、単なる紹介の一事をもつて、被告人が正犯の実行を容易ならしめたものとして、その刑事責任を問うことは行き過ぎである。

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